名古屋高等裁判所 平成7年(行コ)5号 判決 1997年3月25日
控訴人(原告)
倉橋克実
右訴訟代理人弁護士
浅井岩根
同
井口浩治
同
佐久間信司
同
新海聡
同
杉浦英樹
同
杉浦龍至
同
鈴木良明
同
滝田誠一
同
竹内浩史
同
西野昭雄
同
橋本修三
同
福島啓氏
同
山田秀樹
同
井野昭
同
平井宏和
被控訴人(被告)
愛知県知事
鈴木礼治
右訴訟代理人弁護士
佐治良三
同
後藤武夫
右指定代理人
林昇平
外六名
主文
一 原判決を次のように変更する。
二 被控訴人が控訴人に対し平成二年八月二日付けで現金出納簿についてした非公開決定(平成三年九月一二日付け決定により一部取り消された後のもの)のうち、以下の部分をいずれも取り消す。
1 原判決別紙(2)の「受」欄記載の番号三二五、三二七、五七七、七〇七、七二三及び七四六に係る支出情報部分(「年月日」、「摘要」及び「払」の各欄を合わせた各横一行)を非公開とした部分
2 原判決別紙(2)の「受」欄記載の番号一から九八三までに係る支出情報部分(「年月日」、「摘要」及び「払」の各欄を合わせた各横一行)から右1記載の各支出情報部分を除いた支出情報部分のうち、「摘要」欄中の「支出の相手方」及び「支出項目の細目」の各記載を除いた支出情報部分を非公開とした部分
三 被控訴人が控訴人に対し平成三年九月一二日付けで領収証書等の支払証拠書類についてした非公開決定のうち、以下の部分をいずれも取り消す。
1 領収書のうち、交際の相手方以外の者が発行した領収書を非公開とした部分
2 右1記載の領収書を除くその余の領収書のうち、発行者の記載及び現金出納簿における「支出項目の細目」に相当する記載をそれぞれ除いた部分を非公開とした部分
3 支払証明書のうち、「支出の相手方」及び「支出項目の細目」の各記載を除いた部分を非公開とした部分
四 本件訴え中、平成二年八月二日付けで領収証書等の支払証拠書類についてされた非公開決定の取消請求に係る部分を却下する。
五 控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。
六 訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを二分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人が控訴人に対し平成二年八月二日付けで現金出納簿についてした非公開決定(平成三年九月一二日付け決定により一部取り消された後のもの)のうち、原判決別紙(2)「受」欄記載の番号三二五、三二七、五七七、七〇七、七二三及び七四六以外に係る支出情報部分(「年月日」、「摘要」及び「払」の各欄を合わせた各横一行)を非公開とした部分を取り消す。
3(一) 主位的請求
被控訴人が控訴人に対し平成二年八月二日付けで領収証書等の支払証拠書類についてした非公開決定を取り消す。
(二) 予備的請求
被控訴人が控訴人に対し平成三年九月一二日付けで領収証書等の支払証拠書類についてした非公開決定のうち、交際の相手方が発行した領収書及び支払証明書を非公開とした部分を取り消す。
4 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
本件控訴を棄却する。
第二 事案の概要
以下のように、当審における当事者双方の主張を付加するほか、原判決「事実及び理由」欄第二に記載のとおりであるから、これを引用する。
一 当審における控訴人の主張
1 本件条例六条一項該当性について
(一) 本件条例六条一項九号該当性について
(1) 本件現金出納簿や本件証拠書類が公開された場合の「支障」としては、原判決がいうようなものが一応考えられるが、このような支障が現実に生じる蓋然性は極めて低いというべきである。
(2) 仮に、本件現金出納簿や本件証拠書類が公開されることによって、右のような交際事務に支障を来すことがあるとしても、香料、祝い金又はせん別が支出される交際は純然たる儀礼的な交際であって、支出の相手方や金額が定型的に決まっているのが通例であるから、これらが公開されることによって相手方が不快感を感じることはおよそ考えられず、知事の裁量権を侵害することも考えられない。したがって、少なくとも、これらについては、非公開とすることは許されないというべきである。
(二) 本件条例六条一項二号該当性について
同号の文理及び本件条例六条一項三号の規定との関係から考えて、個人に関する情報であっても、その個人の営む事業に関する情報については、本号を適用して非公開とすることはできない。
「祝い金」の中には、受賞・叙勲・就任等の祝賀会、出版記念会等へ出席した際の祝い金等が含まれる。その中には、たとえば、個人の事業活動面における功績を称えるための祝賀会や、文筆を業とする者の出版記念会等が含まれるはずであり、これらに関し県知事から祝い金等を受領することは、まさに「事業を営む個人の当該事業に関する情報」に該当する。
「会費」や「せん別」、「賛助金」、「その他」の中にも、そのような「事業を営む個人の当該事業に関する情報」が含まれるはずである。したがって、個人を相手方とする交際費の支出については、当該個人の営む事業に関しての交際費の支出であるか、それ以外の支出であるかを区別した上で、前者については本件条例六条一項三号、後者については本号への該当性の有無を検討すべきである。
(三) 本件条例六条一項三号該当性について
法人その他の団体及び事業を含む個人を相手方とする支出は、多くても二〇〇件程度にすぎないものと推定される。県内に無数にある法人等の団体や事業を営む個人のうちで、わずか年間二〇〇程度の法人等しか交際費の支出を受けていないのであるから、交際の相手方となれなかったことやその金額が少なかったということで、その法人等の社会的評価が下がるはずがない。
したがって、交際の相手方を識別しうる情報であっても、本号を理由として非公開とすることはできないものと解すべきである。
2 部分公開について
(一) 本件現金出納簿に記載された情報のうち、相手方を識別しうる情報は、その摘要欄に限られる。摘要欄の記載のうち、支出項目の種別及び知事・副知事の別については、これが明らかにされても相手方を特定することは不可能であるから、結局、相手方を識別できなくするためには、摘要欄のうち、原審で主張したとおり「支出の相手方」を抹消するか、なおその場合でも「支出項目の細目」が公開されることにより相手方を識別し得るとすれば、最大限、「支出の相手方」及び「支出項目の細目」を抹消すればよいことになる。
(1) 「香料」及び「祝い金」については、被控訴人自身、これら支出項目の種別及び支出年月日を公開しても、交際の相手方を特定できないことを理由として、それらを公開しているのであるから、これらに加えて、知事・副知事の別及び支出金額が公開されても、相手方を特定し得る情報は何ら付加されることはない。
(2) 「会費」、「せん別」、「賛助金」、「その他」についても、支出年月日、支出金額、支出項目の種別、知事・副知事の別だけが公開されても、交際の相手方を特定することは不可能である。
このことは、名古屋市において、本件現金出納簿に相当する前渡金出納簿につき、「摘要」欄のうち支出の相手方、交際の相手方、趣旨の記載のみを抹消した上、その他の「摘要」欄の記載(支出項目(「接遇」、「祝」、「弔慰」、「賛助」の種別)、「年月日」、「支払高」)を公開しているが、これらの公開部分だけでは、他の関連情報と合わせても交際の相手方を特定することは不可能であること(この点は、名古屋市公文書公開審査会においても確認されている。甲第一五号証参照)からも裏付けられる。したがって、名古屋市よりもはるかに行政規模の大きい愛知県において、前段に記載した内容が公開されても、交際の相手方を特定することは不可能である。
(3) 本件証拠書類についても、発行者の記載さえ抹消されれば、残部によって明らかになるのは、支出年月日と金額だけであるから、交際の相手方を特定することは不可能である。
(4) よって、本件現金出納簿については「摘要」欄のうちの支出の相手方及び支出の細目、本件証拠書類については発行者の記載のみを非公開とし、その他は公開すべきである。
(二) そして、これらが抹消されたとしても、個々の支出の支出年月日、支出項目の種別、知事・副知事の別、支出金額は明らかになり、これらは情報として意味のあるものであるから、公開請求の趣旨は全く損なわれない。これに加えて、本件証拠書類のうち支出年月日、支出金額が公開されれば、本件現金出納簿の記載と照合して、いわゆる「カラ出張」でないかどうかを確認できる等の意味がある。
またそもそも、部分公開によって請求の趣旨が損なわれるかどうかは、請求権者が判断すべき事項であり、実施機関側が請求の趣旨を損なうと判断して全部非公開とすることは、公文書の原則公開の趣旨を没却する。
二 当審における被控訴人の主張
1 本件条例六条一項該当性について
(一) 本件条例六条一項九号該当性について
香料、祝い金及びせん別についても、支出をするかどうか及び支出するとしてその金額をいくらにするかは、相手方の地位、相手方と県との関わりの深浅や緊密度、相手方の県行政に対する貢献度などを考慮して決定しているところであり、交際事務の性格上、あらゆる事例に適用できる内部規則等を制定して一律に決定することは到底不可能であり、県の行政執行の最高責任者である被控訴人及び副知事の裁量に委ねざるを得ない性格のものである。したがって、右各支出が定型的であるとの控訴人の主張は、失当である。
(二) 本件条例六条一項二号該当性について
たとえ、控訴人が例示する個人の事業活動面における功績を称えるための祝賀会や、文筆を業とする者の出版記念会等そのものが当該個人の当該事業に関して開かれたものであり、その開催日時、開催場所、出席者の氏名・人数等が「事業を営む個人の当該事業に関する情報」に該当するとしても、その祝賀会等において誰から祝い金を受領したか、またその金額がいくらであったか等というようなことは、社会通念上からしても、純粋にプライバシーの領域に属する「個人情報」であることは明らかである。したがって、そのような情報は、「事業を営む個人の当該事業に関する情報」に該当しないものというべきである。
(三) 本件条例六条一項三号該当性について
控訴人の主張は争う。被控訴人が原審で主張したとおり、賛助金に関する情報は、同号に該当するものというべきである。
(四) まとめ
本件現金出納簿に記帳されている支出件数は九八三件であり、そのうち六件は既に公開されており(乙第二八号証の一ないし四)、残りの九七七件のうち、九六五件においては交際の相手方の氏名や名称が記載されており、一二件においては、交際の相手方の氏名や名称が直接記載されているわけではないが、関連情報を照合することによって、容易に交際の相手方を識別し得るものである(伊藤敏雄当審証言九〜一六頁、乙第四四号証、第四五号証)。
したがって、支出単位で部分公開の要否を論じた場合には、本件現金出納簿に記載されている九七七件の支出に係る情報は、すべて交際の相手方が識別され得るものとして、本件条例六条一項二号、三号、九号により、非公開とすることが許容されるものである。
2 部分公開について
(一) 「支出単位」ではなく、一支出に係る情報(すなわち、関係記載欄)をさらに細分し、その後における各部分ごとに部分公開の要否を検討する見解は、裁判例上否定されているというべきである。
しかし、仮にこのような見解に従ったとしても、本件現金出納簿に記載されている情報について部分公開を必要とするものは存在しないものというべきである。
現代社会においては、極めて大量の情報が秩序なく流れている上、知事の行動に関する情報は、新聞、テレビ、ラジオのみならず、業界紙、各種団体等の発行する会報、機関誌(紙)、各種会合やイベントの資料等の各種情報媒体、さらには口コミ等の方法によって広く流布されており、市町村長の行動に関するものと対比しても、その数量に大きな差異がある。
したがって、実施機関においてこれらの情報のすべてを把握することは到底不可能であるため、交際の相手方が識別されることを防止するためには、一支出に係る情報のうち、相手方の氏名・名称部分を非公開とする必要があることは当然であるが、氏名・名称以外のどの部分を非公開とする必要があるのかをいちいち判断することは到底不可能であるから、万全を期するためには大部分を非公開とせざるを得ない。そうすると、ほとんど無意味な情報が公開されることとなるにすぎず、そうなれば公開請求の趣旨が損なわれるのである。
(二) 控訴人は、部分公開に関し、名古屋市の例を援用している(当審における控訴人の主張2(一)(2))。
しかしながら、甲第一五号証の名古屋市公文書公開審査会の答申においては、もともと大阪府知事交際費公開請求事件の最高裁判決が指摘しているような関連情報との照合による交際の相手方の識別の可能性については全く考慮されていないから、本件の参考とはなし得ない。
その点を措くとしても、甲第一五号証の名古屋市長の交際費の部分公開のケースにおいて、同市公文書公開審査会が前渡金出納簿について答申した部分公開の内容は、結局のところ、支出年月日、「摘要欄中の支出に関する記載のうち支出項目」と金額部分のみの公開である。
一般に、県知事から香料、祝い金、会費、せん別、賛助金、その他を受領する者は、愛知県内においてそれなりの社会的な地位を占めている者であり、その支出の原因となった葬儀、祝い事、催し物、転勤、退職、旅行等についても、新聞その他の報道機関による報道等を通して、あるいはそれ以外の様々なルートを通じて公知の事実となっている場合が多いのであり、その可能性はかえって名古屋市の場合よりも拡大するものといわなければならない。したがって、これら関連情報の存在の可能性を考慮すれば、甲第一五号証の答申に従った甲第一三号証の例のように、支出年月日、「摘要欄中の支出に関する記載のうち支出項目」、支出金額のみの公開であっても、知事の交際の相手方が識別される可能性は極めて高いのであり、ましてや控訴人主張のように、このほかに「知事・副知事の別」までが公開されれば、その可能性は一層高まることになる。
そこで、そのような可能性をすべて考慮し、なるべく多くの情報を(仮に断片的であっても)公開しようとすれば、乙第二二号証のような組み合わせをするほかなく、その結果は被控訴人が当初公開したような甲第三号証の如きものとなってしまうが、それでは本件条例が要求する、分離に当たって「公文書公開の趣旨を損なわない」ことという要件を満たし得なくなってしまうのである。原判決の判断は、まさに右に述べたような考慮をした結果にほかならないのであって、その判断は正当である。
(三) 部分公開による請求の趣旨についての控訴人の主張は、結局のところ、本来なら非公開となる公文書でも可能な限り細分・分断することにより公開可能となるならば、当初の目的にはこだわらず、結果として何かの意味が見いだせればよしとするという極めて場当たり的なものというほかなく、それは本件条例が想定している「請求の趣旨」とはかけ離れたものというべきである。
仮に、公文書の本来の意味を損なう結果になっても、最小単位をさらに分断することに何らかの意味を見いだそうとする見解をとるならば、その分断された情報が公開されたとき、他の関連情報と結びつくことによって、なお交際の相手方が識別される可能性があるから、そのことも勘案すべきであり、結局被控訴人が原審で主張したように、愛知県公文書公開審査会の行ったような、交際費の各類型ごとに、関連情報と組み合わせたとしても交際の相手方が識別されない組み合わせ(それは甲第三号証に帰結するはずである。)を考慮するほかはないのである。
第三 証拠関係
本件記録中の原審及び当審における証拠に関する目録の記載を引用する。
第四 争点に対する判断
一 本件訴え中、本件証拠書類について平成二年八月二日付けでされた非公開決定の取消しを求める請求に係る部分は適法か(本案前の争点)
当裁判所も、本件証拠書類について平成二年八月二日付けで非公開決定がなされたとはいえないから、本件訴え中、その取消しを求める請求に係る部分は不適法であると判断する。その理由は、原判決の理由説示(原判決「事実及び理由」欄第三の一)と同一であるから、これを引用する。
二 本件現金出納簿が、本件条例六条一項の公開をしないことができる公文書に当たるか(本案の争点1)
当裁判所も、本件現金出納簿は、本件条例六条一項に規定する公開しないことができる公文書に該当するものと判断する。その理由は、次のように原判決を訂正し、当審における控訴人の主張に対する判断を付加するほか、原判決の理由説示(原判決「事実及び理由」欄第三の二)と同一であるから、これを引用する。
1 原判決の訂正
原判決六八頁一二行目「以上判示したところ」から同六九頁三行目末尾までを「以上判示したところを前提として、本件現金出納簿についてみるに、証拠(乙四四、乙四五、当審証人伊藤敏雄)によれば、本件現金出納簿に記載された交際事務に関する情報のうち、原判決別紙(2)の「受」欄記載の番号一一四、一五七、一六九、三一七、三二八、三八四、五一〇、五一一、八二八、九〇九、九一六、九一七については、摘要欄中の「支出の相手方」及び「支出項目の細目」の記載が、支出の相手方を略称や肩書のみで記載したり、支出の相手方を省略し行事名を記載したりして、支出の相手方(交際の相手方)の氏名・名称自体は記載されていないが、一般人が通常入手できる新聞等の関連情報と照合すると、これらについては支出の相手方を識別し得ること、その他(ただし、番号三二五、三二七、五七七、七〇七、七二三、七四六を除く。)については支出の相手方の氏名・名称が直接記載されていること、これら支出の相手方を識別し得る支出情報は、公表、披露することがもともと予定されたものではないことが認められるから、これらの情報は本件条例六条一項九号に該当するものというべきである。」に、同七〇頁一〇、一一行目「前記第二の二6(一)のとおり」を「前記2(三)のとおり」に改める。
2 当審における控訴人の主張に対する判断
控訴人は、祝い金等の中には、たとえば個人の事業活動における功績を称えるための祝賀会に関し、祝い金を受領したというものも含まれるが、このようなものは、「事業を営む個人の当該事業に関する情報」に該当するから、本件条例六条一項三号への該当性を検討すべきであると主張する。しかし、そのような祝い金は、社会通念上プライバシーの領域に属する「個人情報」というべきであるから、控訴人の主張は採用できない。
三 本件証拠書類が本件条例二条二項の公文書に当たるか、また、公文書に当たる場合には同条例六条一項の公開しないことができる公文書に当たるか(本案の争点2)
当裁判所も、本件証拠書類(本件支払証明書及び本件領収書)は本件条例二条二項に規定する公文書に該当するところ、本件支払証明書及び本件領収書のうち交際の相手方が発行したものは、いずれも本件条例六条一項に規定する公開しないことができる公文書に該当するが、本件領収書のうち交際の相手方以外の第三者が発行したものは本件条例六条一項二号、三号又は九号に該当する情報が記録されているとすることはできないものと判断する。その理由は、原判決の理由説示(原判決「事実及び理由」欄第三の三)と同一であるから、これを引用する。
四 部分公開(本件条例六条二項)の要否(本案の争点3)
1 前示のように、本件条例六条二項は、部分公開の要件として、非公開情報に係る部分とそれ以外の部分とを容易に分離することができること、及びその分離により公文書公開の請求の趣旨が損なわれない場合であることという二つの要件を定めている。
ところで被控訴人は、本件現金出納簿及び本件証拠書類の公開可能情報は、いずれも原則として支出一件ごとに画されるから、その各部分の公開の要否はこれらの単位ごとに判断すべきである旨主張する。
なるほど、ある支出に係る情報が、相手方を識別し得ることから非公開情報とされる場合には、たとえば本件現金出納簿でいえば、本件条例六条にいう「前項各号のいずれかに該当する情報」すなわち「非公開情報」は横一行全体を意味するとする考え方もあり得ないわけではない。しかし、この場合の「非公開情報」の核心は、相手方が識別可能な点にあるから、相手方を識別可能にしている部分が容易に分離可能であり、かつ、その他の部分だけの公開によっても公開請求の趣旨が損なわれることがないと認められるときには、個人情報に対する最大限の配慮をしながらも、県民の公文書の公開請求権を十分尊重するとの本件条例三条の解釈・運用の基準や、被控訴人も現にそのような方法で一部を公開したものであることにも照らし、相手方を識別可能にしている部分が本件条例にいう「非公開情報」であると解するのが妥当である。
そうすると、部分公開における右の「非公開情報」かどうかは、どの部分を非公開とすれば、一般人が通常入手し得る関連情報と照合しても交際の相手方を識別し得ないといえるかどうかによって決せられることになる。
しかして、どの部分を公開し、どの部分を非公開にするかという点については、様々な組み合わせがあり得るし、その組み合わせの選択については、実施機関の裁量権を行使する余地がある。しかし、本件訴訟のように、既に部分公開についての実施機関の裁量権行使が行われて一部分が公開され、訴訟手続において、その公開された状況を前提に、さらにどの部分を公開すべきかについて当事者双方から主張が交換されて争点が形成され、その争点について立証が尽くされた場合には、その争点となった点について裁判所として公開の要否を判断するのが相当である。
2 そこで、部分公開の要否について検討する。
(一) 本件現金出納簿について
(1) 控訴人は、本件現金出納簿については、支出の相手方のみ、ないしは支出の相手方及び支出項目の細目のみを非公開とし、その他を公開すべきであると主張している。
前示のとおり、記載自体において支出の相手方(ないし交際の相手方)が識別可能な情報を含んでいるのは、支出の相手方の部分のみである。しかし、支出項目の細目は、記載されない場合もあり、記載される場合にも、それは支出の相手方の記載を補充して支出の対象をより明確にする趣旨のものと解され、したがって記載上も支出の相手方の記載と密接な関係を有し、記載としての独立性は弱いものと考えられる。そして、本件公開請求の趣旨に照らし、支出項目の細目を公開すること自体に大きな意味があるものとも解されないから、支出の相手方及び支出項目の細目は、「支出の対象」という趣旨で一体として考えるのが相当である。そうすると、部分公開の要否についての争点は、現に公開された範囲を前提として、支出の相手方及び支出項目の細目のみを非公開とし、その他の部分、すなわち香料及び祝い金については、知事・副知事の別及び支出金額、その他の支出(会費、せん別、賛助金等)については、支出項目の種別を公開すべきかどうかという点に帰着する。なお、弁論の全趣旨によれば、支出の相手方及び支出項目の細目は、他の部分から容易に分離することができるものと認められる。
(2) まず、本件現金出納簿の香料について検討する。
被控訴人は、香料についての知事・副知事の別及び支出金額、その他の支出について支出項目の種別を公開すると、関連情報と照合すれば、支出の相手方を識別することができると主張し、原審及び当審証人伊藤敏雄も同趣旨の証言をしている。
証拠(甲三、乙四二の一ないし三六、原審及び当審証人伊藤敏雄)と弁論の全趣旨によれば、知事や副知事の一日の行動は新聞等によりかなり詳しく報道されていることが認められるが、他方、平成二年九月三日(月)から同月一四日(金)までの一二日間の知事又は副知事の行動ないし日程に関する新聞報道をみると、当然この期間内にも、香料はほぼ毎日、多いときは一日に数件支出されているものと推認できるものの、知事や副知事が葬儀等に出席したとの記事は全く掲載されていないこと、香料の支出の時期は原則が決められているわけではなく、通夜、葬儀、告別式その他の機会に適宜支出されており、また知事や副知事が実際に葬儀等に出席するかどうかとは連動してはいないこと、香料を支出するのは、職員やその家族、元職員やその家族、県内外の公職者やその家族、元公職者やその家族、その他県内外のあらゆる交際相手やその家族等が死亡した場合であって、支出の範囲は非常に広範囲にわたることが認められる。
この事実によれば、香料の金額や知事・副知事の別が公開されても、一般人が通常入手できる知事や副知事の行動に関する報道から、本件現金出納簿の多数の香料に関する記載について支出の相手方が識別し得る可能性はほとんどないものと認めるのが相当である。他方、訃報がマスコミにより報道されるような者の死亡についても、報道された者と知事・副知事との交際の有無・程度が明らかでなく、香料が支出される時期についての原則も定まっていない以上、やはり多数の香料の支出から、支出の相手方を識別し得る可能性は極めて少ないものと認めることができる。
なお、抽象的には、知事・副知事の別や、支出金額が明らかになることにより、支出の相手方が識別し得る場合が個別の事例によってはあり得ることは完全には否定できないものと考えられ、したがって、本件においても、そのようなものがあるのであれば、当該支出についてこれらの事項を非公開とすべきことになる。しかし、本件においては、知事・副知事の別や支出金額が公開されることにより、具体的に支出の相手方が識別し得るものがあることを認めるに足りる証拠はない。この理は、他の支出についても同様であって、一般的には、現に公開されたもの以上の記載をさらに公開しても支出の相手方を識別し得るとはいえない場合であっても、個別の事情があって、支出の相手方が識別し得るものがあることが具体的に立証された場合においては、その支出についてはさらなる部分公開をすべきでないことになるから、他の支出についても、このような個別の立証があるかどうかを検討することになる(その検討内容については、後記の各支出についての項目参照)。
したがって、香料について、現に公開されたものに加え、さらに金額及び知事・副知事の別を公開したからといって、支出の相手方が識別し得るものと認めることはできない。
(3) ところで、被控訴人は、これらの金額が公開されると、知事による相手方の評価の位置づけが明らかになるので、儀礼の趣旨を損なうし、知事・副知事の別についても、知事及び副知事の合計三人から支出される場合や、副知事一人からしか支出されない場合など、位置づけが明らかになるから、交際相手から不信や不満の念が生じ、交際の趣旨を損なうから公開はできない旨主張し、原審及び当審証人伊藤敏雄はこれに沿う証言をしている。
確かに、本件現金出納簿の金額や、知事・副知事の別が明らかになると、香料や祝い金に係る支出の基準や段階が明らかになるから、交際の相手方となっている者は、それとの比較において知事・副知事の行う交際における自己の位置づけを知ることができることになる。しかし、およそ社会一般における交際においては、交際費を支出する側が、それぞれの交際相手について自己の中でそれぞれを位置づけし、その位置づけに従って香料や祝い金を支出するのは当然のことであり、これらを受領する側においても、その金額自体から先方にとっての自己の位置づけはおよそ推測できる場合が通常であって、交際費を支出する側の基準や段階が明らかになることによって生ずると被控訴人が危惧する不信や不満は、極めて抽象的な臆測に止まるというべきである。また、その場合に交際の相手方に生じるおそれのある不信や不満は、具体的な支出先がすべて明らかになりその個々の支出先との比較において生じるおそれのある不信や不満とは、程度も格段に低いものと考えられる。したがって、特段の事情のない限り、知事・副知事の別や支出の金額が明らかになることにより、交際事務の目的が損なわれ、又は交際事務の公正かつ円滑な執行に支障が生じるおそれがあるものということはできないというべきであるところ、本件においてはこのような特段の事情が存在することを認めるに足りる証拠はない。よって、この点についての被控訴人の主張は採用できない。
(4) 次に、祝い金について検討する。
被控訴人は、祝い金についても香料と同旨の主張をし、原審(第一回)及び当審における伊藤証人も同旨の証言をしている。
確かに、証拠(乙三九、乙四一の一ないし一五、乙四二の一ないし三六、原審及び当審証人伊藤敏雄)と弁論の全趣旨によれば、知事や副知事は様々な祝いの趣旨を含む会合に数多く出席していること、知事や副知事の会合出席については、一般紙に一日の行動(ないし行動予定)が逐一報道されていること、また知事や副知事の個別の行動、たとえばある会合出席が個別の記事やニュースとしてマスコミ報道されることがあること、以上の事実が認められる。
しかし、右伊藤証言と弁論の全趣旨によれば、祝い金は個人と団体の双方に支出されるものであるが、知事又は副知事が祝いの趣旨の会合に出席する場合に必ず祝い金を支出するわけではないこと、支出の時期が一義的に決められているわけではないこと、祝い金の支出は祝いの趣旨の会合に際し支出されるものだけではなく、そのような会合を伴わないものなど様々なものがあることが認められる。そうすると、祝い金についても、知事・副知事の別及び支出金額が明らかになったとしても、各支出の相手方が識別し得るものということはできない。
被控訴人は、各団体の機関誌(紙)や会報等をも関連情報として援用しているが、このようなものは、本件現金出納簿が公開された際に一般人が通常入手し得る関連情報とはいえないし、仮にそのような情報と照合しても、各機関誌等が報じる会合やイベントに知事又は副知事から交際費が支出されたものと直ちに識別し得るものということはできない。
なお、祝い金について、知事・副知事の別及び支出金額が明らかになった場合に、事例によっては関連情報との照合により支出の相手方が識別し得る場合が全くないとは断定できないが、本件においては、具体的にそのような支出情報があることを認めるに足りる証拠はない。
(5) 次に、会費、せん別、賛助金その他について検討する。
被控訴人は、これらについては、支出している数が非常に少なく、その種別を明らかにすると支出年月日と組み合わせることにより相手方を識別することが可能であると主張し、原審(第一回)及び当審における伊藤敏雄証人はこれに沿う証言をしている。
まず、会費については、証拠(乙四二の一ないし三六、原審(第一回)及び当審証人伊藤敏雄)と弁論の全趣旨によれば、知事や副知事が出席する会合は極めて多数に上るが、これらの会合のうち一般的に会費が必要と推測されるようなものはその一部であること、会費を徴収している会合であっても、知事や副知事が必ず会費を支払うものとは限らないこと、会費の支出の時期は、会合の当日の場合が多いが、年会費の場合には会合の日とは別の時期に支払っていることが認められ、「会費」という支出項目の種別を明らかにしても支出の相手方を識別し得るものと認めることはできない。
せん別についても、被控訴人は支出年月日と併せると容易に交際の相手方を識別することができると主張するが、証拠(原審(第一回)及び当審証人伊藤敏雄)と弁論の全趣旨によれば、知事又は副知事の日程とせん別の支出年月日とは連動しておらず、支出の日は、せん別贈呈の原因となる転勤や海外渡航等の日と一致する場合はほとんどないことが認られ、また個人や団体について転勤、退職、海外渡航等、一般的にせん別を贈呈するような事象が発生したことが報道されたような場合についても、これらの個人・団体と知事又は副知事との交際の有無・程度が明らかでなく(関連情報からこれらの事実を認識することは通常困難と考えられる。)、せん別の支出時期についての原則が明らかでない以上(右伊藤証言により認められる。)、「せん別」という支出項目の種別が明らかになっても、交際の相手方が識別し得ると認めることはできない。
賛助金についても、知事又は副知事が賛助金を支出しているかどうかを関連情報から把握することは困難と考えられ、またその支出の時期についての原則も明らかでない(支払時期について一定の原則があることを認めるに足りる証拠はない。)から、「賛助金」という支出項目の種別が明らかになっても、交際の相手方を識別し得るものと認めることはできない。
その他の支出項目の種別(病気見舞金、出火等の見舞金、遺児育英資金、スポーツ振興等の激励金、謝礼金等)についても、弁論の全趣旨によれば、支出の外形や支出の時期を関連情報から把握することは困難であると認められるから、その種別を明らかにすることにより、交際の相手方を識別し得るものと認めることはできない。
なお、会費以下の支出項目の種別について、支出の相手方及び支出項目の細目を除き、現に公開された以上に公開がされた場合、個別の事情により、関連情報との照合により交際の相手方が識別し得る場合があり得ることを完全に否定することはできないが、本件証拠上具体的にそのような支出情報があることを認めるに足りる証拠はない。結局、識別可能性についての伊藤証言は、採用することができない。
(6) まとめ
以上のとおり、本件現金出納簿については、支出の相手方及び支出項目の細目を除き、その他の部分を公開しても、交際の相手方を識別し得るとは認められず、かつ、後記のようにそのような部分公開によっても公開請求の趣旨が損なわれることはないと認められるから、香料及び祝い金については、知事・副知事の別及び支出金額をさらに部分公開すべきであり、会費、せん別、賛助金、その他については、支出項目の種別をさらに部分公開すべきである。
なお、証拠(乙二七、乙二八の一ないし四、原審証人伊藤敏雄(第一回、第二回))によれば、原判決別紙(2)の「受」欄記載の番号三二五、三二七、五七七、七〇七、七二三及び七四六に該当する各支出情報は、全部の記載が公開されても交際の相手方を識別し得ない情報であることが認められるから、これについては全部の情報を公開すべきである(これらについては、乙二八の一ないし四が提出されることにより事実上公開された。)。
(二) 本件証拠書類について
(1) 本件支払証明書について
本件支払証明書の記載内容は、本件現金出納簿と同一であり、本件条例六条の部分公開の要件を満たすことも、本件現金出納簿におけると同一であるから、本件現金出納簿と同一の基準により部分公開をすべきである。
(2) 本件領収書について
本件領収書には、支出の相手方(領収書の発行者)、支払年月日、支払の金額等が記載されているところ、右に説示したところから明らかなように、支出の相手方及び支出項目の細目に相当する部分を非公開とすれば、交際の相手方を識別し得なくなるものというべきである。そして、その部分を非公開としても、後記のように、公開請求の趣旨は損なわれないと認められるから、本件領収書については、支出の相手方すなわち領収書の発行者(住所、所在地、電話番号、印影等を含む。)の部分及び支出項目の細目に相当する記載部分を除き、その他の部分は公開すべきである。
なお、証拠(乙九、乙一〇)によれば、本件領収書の様式は、本件現金出納簿や本件支払証明書のように定型化されてはいないものと認められるが、どのような様式のものであれ、領収書の発行者部分は容易に分離できるのが通常であり、本件領収書において発行者部分の分離が特に容易ではないことを認めるに足りる証拠はない。よって、本件領収書についても、本件条例六条二項の規定する分離の容易性の要件を満たすものというべきである。
ところで、交際の直接の相手方ではなく、たとえば、物品を購入して交際の相手方に贈呈した場合における当該購入先の領収書のように、第三者が発行した領収書については、それに購入品の届け先等として交際の相手方の氏名等が備考欄に記載されているといった特段の事情のない限り、そこに交際の相手方を識別し得る情報が記録されているとすることはできない。証拠(乙二七、乙二八の一ないし四、原審(第一、第二回)及び当審証人伊藤敏雄)によれば、交際の相手方以外の者が発行した領収書は全部公開が可能な原判決別紙(2)の「受」欄記載の番号三二五、三二七、五七七、七〇七、七二三及び七四六に該当する各支出に対応する各領収書(乙二九ないし乙三四)であること、これらの領収書には交際の相手方を識別し得る特段の情報は記載されていないことが認められるから、これらは全部公開されるべきである(これらの領収書は、乙二九ないし乙三四が提出されることにより事実上公開された。)。
(三) 請求の趣旨が損なわれないかどうかについて
前示のとおり、部分公開の要件としては、分離の容易性のほかに、非公開情報と公開情報との分離により公文書の公開の請求の趣旨が損なわれることがないと認められることが必要である(本件条例六条二項)。
控訴人は、「県知事の交際費が適正に支出されているかどうか調査するため」として本件公開請求に及んだものであるところ、本件現金出納簿及び本件証拠書類について右(一)、(二)において説示した内容の部分公開がされた場合には、全部の公開ではなくても、交際費全体の支出の状況や支出の構造が明らかになり、これらは控訴人が求める「交際費の適正な支出」という観点から意味のある情報ということができるから、非公開情報を分離して公開することにより公文書の公開の請求の趣旨が損なわれることはないというべきである。
第五 結論
以上判示したところによれば、控訴人の本件処分の取消請求は、本件現金出納簿のうち原判決別紙(2)「受」欄記載の番号三二五、三二七、五七七、七〇七、七二三及び七四六の各支出情報部分(「年月日」、「摘要」、「払」の各欄を合わせた各横一行合計六行)を非公開とした部分の取消し、並びにその余の各支出情報部分(全九八三行から右六行を差し引いた各横一行合計九七七行)のうち「摘要」欄中の「支出の相手方」及び「支出項目の細目」の各記載を除いた部分を非公開とした部分の取消しを求める限度で理由があり、本件異議決定の取消請求は、本件領収書のうち交際の相手方以外の者が発行した領収書を非公開とした部分の取消し、その余の本件領収書のうち発行者の記載及び現金出納簿における「支出項目の細目」に相当する記載をそれぞれ除いた部分を非公開とした部分の取消し、並びに本件支払証明書のうち「支出の相手方」及び「支出項目の細目」の各記載を除いた部分を非公開とした部分の取消しを求める限度で理由があるからこれを認容すべきである。しかし、本件訴え中、本件証拠書類に関する平成二年八月二日付け非公開決定処分の取消請求(主位的請求)に係る部分は、不適法であるからこれを却下し、その余の請求はいずれも理由がないから、これを棄却すべきである。
しかるところ、原判決はこれと一部結論を異にするから、右のように原判決を変更することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九六条、九二条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官水野祐一 裁判官岩田好二 裁判官山田貞夫)